愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
(三)妻との諍い
 娘が十六の時でございました。
酒の酔いも手伝って、妻に手をあげてしまいました。
些細なことからの口喧嘩の末のことでございました。
生まれてこの方、そのような経験のない妻にとっては、ショックでございましたでしょう。
眼をカッと見開いて、口をパクパクさせておりましたです、はい。
クク、まるで陸に上がった魚でございました。
思わず吹き出してしまいました。
と、怒ること怒ること。

「あ、あなた!あんまりです。
あ、あたしが一体なにをしたと言うんです!
手を上げられるなんて、あ、あたし、信じられません。
そりゃあ、少し帰りが遅くなりはしました。
お客様をお待たせしてしまったことは、悪いと思っております。
でも機嫌良くお帰りになったじゃありませんか。
信じられません、あたし。」
“俺を虚仮にして!あの男の娘なんだろうが!”と、心の内では叫んでおりました。

 どうして実の娘ではないと思うのか?とお尋ねですか。
お話ししていませんでしたか、失礼いたしました。
親の口から申すのも何でございますが、実に頭の良い娘でして、常に学年で主席の成績でございました。
器量も、私に似ず評判の娘でございます。
お分かりでしょうか?
私とは似ても似つかぬ娘なのでございます。

 まぁ確かに、妻に似てはおります。
唯、大木様のお話では、あの同棲相手の男の面影があるとのこと。
そう考えれば、全く納得のいくことでございましょう。
全く不釣り合いの私のような者に嫁ぐなどということが。
娘のおらぬ所でそのことを詰りましたのが、このお話の、ある意味では発端でございます。

 勿論、妻は否定いたします。
しかし、否定されればされるほど疑念の心は確信に変わっていったのでございます。
そして嫁ぐことを決意した理由が、
「あなたへの恩返しのつもりだった。」と聞かされた折りには、やはりという気持ちになりましてございます。
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