愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 その折は、その話を信じておりました。
気が動転してしまい、何と申し上げたら良いのでしょうか。
しかし、しかしです。
今思いますれば、腹が立って腹が立ってならぬのでございます。
きっとわざとなのでございますから。
ああすれば、このわたくしめが、それ以上の詰問をしないであろうと、そう考えたに相違ないのでございますから。

 で後日に、大木様からとんでもないお話をお聞きしたのでございます。
俄かには信じがたいお話でございましたが。
大木様が仰るには、あの国賊である足立三郎めが、刑務所から出所していたとのこと。
使い走りの雑魚だった故に、左程の刑に服することもなかったようでして。
こともあろうにその出所日が、妻が百貨店に出かけた日でございました。
「まさかとは思うけれども、二人の逢引だったのでは・・」と仰られて。
まさしく青天の霹靂とは、このことでございましょう。

「しかしもう・・・」
「えぇえぇ、あなたの気持ちは分かりますよ。
小夜子さんは、正夫さんの奥さまですものね。
でもねぇ、こんなことを言ってはなんですけれど、あなたに嫁いだ折には、もう刑務所でしたものね。
いえいえ決め付けることはできません。
えぇえぇ、できませんとも。
ねぇ、あたしの勘ぐりかも知れませんしね。
いえ、きっとそうですよ。
妙子ちゃんというお子さんもいらっしゃることだし。
ただ・・その妙子ちゃんがね・・どうにもねえ。」
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