愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
「だめです、そんなこと。許しません。
だめなものは、だめです!」
「どうしてなの、お母さん。」
 突然に、妻の怒鳴り声が聞こえてまいりました。
珍しくも、妻と娘で諍いが始まっております。
「だめ、だめ、だめですって!もうお店に出ますよ、お母さんは。
だめですよ、お父さんに言っても。
許してくれませんよ、そんなことは。
第一、どうして今まで言わなかったの!
今日の明日ということはないでしょ!」

 捨てゼリフというのでございましょうか、眉間にしわを寄せたまま出て来たのでございます。
鉢合わせしないようにと、わたくし、慌てて作業場に戻りましたです。
「お父さん。お父さん、ちょっと聞いてよ。
お母さんが、ひどいのよ。」
 娘が頬を膨らませて、バタバタと作業場に駆け込んでまいりました。
「これこれ。埃を立てちゃだめだよ、ここでは。
どうしたいんだい、それにしても。何を血相を変えているんだい?」

「お母さんったらさ、『だめだ、だめだ』の一点張りでね。
ちっとも話を聞いてくれないのよ。
お父さんは、良いよね。
ねっ、ねっ、ねっ。
行っても良いよね。」
 わたくしの背中に抱きついての、おねだりポーズでございます。
固さの残る乳房を押し付けてくるのでございますよ、はい。ぐふ、ぐふふ。

「どこに行くんだい?映画かい?
何をお母さんはだめだと言ってるんだい。
あ、そうか。一人はだめだよ。
お友だちと一緒に行きなさい。」

 あたくしの早合点でございました。
てっきり、映画を一人で観に行きたいと、駄々をこねているのだと思ったのでございます。
「勿論よ!お友だちも一緒よ。
うぅん、先生も一緒なの。」と、口を尖らせます。
「先生もかい?だったら良いじゃないか。
何をお母さんは、怒ってる?
で、どんな映画なんだい?
吉永小百合あたりかい?
裕次郎と共演してる、若い人とかいう映画が面白いらしいじゃないか。」
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