愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 奥様に抱かれた赤子、それはそれはお美しいお嬢様でございます。
名を、小夜子とお付けになられました。
そよ風の気持ち良い夜にお生まれになられたからとのございます。
心地よい響きのお名前でございます。
 奥様はひと月ほどをご実家で過ごされましてから、お戻りになられました。
その折の御主人様のお喜びようは、それはもう殊の外でございました。
夜の明ける前からお起きになられて、わたくしの仕事であるお掃除を始められたのでございます。
寝坊をしてしまったのかと慌てましたのですが、
「わたしが勝手にしたことだから。」と、言ってくださいました。
で、手分けして家中の大掃除でございます。
年の終わりの大掃除以上に、あちこちを雑巾がけ致しましたです、はい。

「ただいま戻りました。
長い間留守に致しまして、申し訳ありませんでした。」
「おゝ、ご苦労さんだったね。
さあさあ、疲れたろうに。
うんうん、小夜子は眠っているのか。
そうかいそうかい、いやほんとにありがたい。
正夫、正夫。
ほら、小夜子が来ましたよ。
ありがとうな、ほんとうに。
お前はコウノトリだよ、ほんとですよ。」
 破顔一笑とは、こういうご表情なのでしょう。
私まで、自然に笑みがこぼれましてございます、はい。
それはもうお幸せなご一家でございました。
すくすくとお育ちになるお嬢さまは、まさしく観音様でございました。
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