死が二人を分かつまで
「いまどきの若い男が大学も出てないでどうする!就職なんて気軽に言うが、むしろその方が何倍も大変なんだぞ!特にお前みたいな何の取り柄もない奴は、学歴でもなければたちまち路頭に迷うんだからなっ」


広は、さとしを睨みつけながら続けた。


「何かあったら、俺達が世間から後ろ指を指されるんだ。『本当の息子じゃないから子育てを手抜きしたんだろう』ってな」


「あなたっ」


知子の声を無視し、広は突然箸を置くと立ち上がった。


「食事はもういらん。風呂に入る。着替え用意しておけ」


知子は居間を出て行く夫とさとしを交互に見てから、諦めたようにため息をつき、自分も立ち上がった。


一人、その場に残されたさとしは心の中で幸せだよね、と呟く。


僕には居場所がある。


安全な家の中、暖かい布団で眠りに就けて、おいしい食事ができて、常に自分のやるべき事を考えてくれる人がいる。


何もかも取り上げられてしまう人もこの世には大勢いるというのに。


僕はこの上なく恵まれた環境の中にいる。


僕はこの上なく幸せ者だ。


この人生を精一杯生きなくちゃ、きっと罰が当たる。


そうだよね、お母さん……。


さとしは目の前の味噌汁の椀を手に取ると、いつの間にかじんわりと浮かび上がり、限界を越えて頬を伝い落ちた涙と共に、その味を噛み締めた。
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