記憶混濁*甘い痛み*
------あの日
病院の中庭で話してから、少しずつ
意識しなければ気付かない位のスピードで、けれど確かに、和音と友梨の距離は近付いて行った。
既婚者の自分が、夫以外の男性と交流を持つのは汚れた行為だと思う。
でも、違う。
決してお兄様を裏切るような逢瀬ではない。
約束して逢うのではなく、偶然逢った時にだけ、一言二言会話を交わす。
それは廊下で、図書室で、売店で。
毎日逢える訳ではないし、会釈だけで終わる日もある。
なのに何故か…
友梨は芳情院に和音の事を話さなかった。
まだ指先すら
触れていない時でさえ。
「…友梨?」
「…お兄様」
軽く肩を叩かれて、我にかえる。
病室のソファーに座り、膝の上で開かれた雑誌のページもそのままに、友梨はぼんやりと考え事をしてしまったらしい。
窓から見える綺麗な夕焼けは、いつのまにか濃い赤紫に変わり、今にも夜の闇に溶け込まれてしまいそうだ。
「どうかしたかい?」
「あ…いえ。少しぼんやり、してしまったみたいで。ね、お兄様、今夜は冷え込みがキツいのですって。お風邪をひかないで下さいませね」