記憶混濁*甘い痛み*

けれど

友梨はサリーの腕を払って狩谷をじっと見つめた。


「……ナニモシラナイクセニ」


友梨の瞳と声は。


また、捉えどころのないものに変わっていた。


なのに、狩谷を見つめる、虚ろな瞳。


「友梨…?」


しかし芳情院の声を聞いて、友梨はフッとまた表情を変える。


芳情院を見つめる友梨の瞳に、今、映るのは……恐怖。


「やだ……お兄様……いや。いやです……離して……お兄様!おねがい……お兄様!……コワイの……友梨はいやっ!」


首を振って、唇を噛み締める友梨。


芳情院は過去の記憶が友梨を苦しめているのを目の当たりにし


彼女の声を聞く事すら出来ずに、耳を両手で塞ぎ、苦痛の表情を浮かべて座り込んでしまう。


「みんな……みんなみんなキライ。ゆうりのコト、なんにもしらないクセに。なんにも、なんにも、しらない、クセに!」


呼吸はさらに激しくなり、指先はガタガタと震えている。


友梨はベッドのすみっこに、背中をぴったりとつけ、威嚇する猫のように狩谷の事を見つめていた。


看護師が近寄ろうものなら、それこそ猫のように爪を立てる。




この状態なら麻酔を打たなくとも過呼吸で気を失ってしまう。
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