記憶混濁*甘い痛み*

……ならば、焦るコトはない。


そう、狩谷が心の中で判断した瞬間に、友梨は。




「……たにんごと……」




と、言って、ニコリと笑った。


「……深山咲、さん?」


ほんの少し、意外な顔をしてしまったかもしれない。


狩谷は慌てて、平静を装う。


「ふふ、でしょお?」


そんな狩谷を見て、友梨は嬉しそうに、子供のような表情をして、笑った。


「…深山咲、さん…?」


「みんな、みぃんな、そうよ。みんなみんなみんな。いたいのもこわいのもゆうり。がまんするのも、またされるのもゆうり。いやだ、いやだいやだいやだ!やっと……」


友梨の、虚ろな瞳から、涙。


「やっと、ゆうり、みつけ、たのに。ゆうりと、あかちゃんと……」


『……かずねせんぱい……』


そう、友梨の唇は動いただろうか?


友梨は、狩谷の読み通りに、失神してしまった。


そんな『妻』を見て、頭を抱えて痛哭する芳情院と、部屋の外で、顔を歪ませる和音。




絡み合った関係が、いつほぐれるのか、それとも一生このままなのか  

まだ誰にも、解らなかった……




狩谷は、気を失った友梨の涙を拭うと。


少しだけ意味深な顔をして、笑った。
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