シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
「怖いのかい?・・・もう大丈夫だ」

耳元で囁くような声に目を開けると、すっぽりと身体を包み込んでいるのは、男物の上着だった。

何か、紋章のようなものがあるが、確かめる余裕がまったくない。

轟音は書籍室の窓をビリビリ振動させ、城中を襲うように雷鳴を響かせ続ける。


「とりあえず、ここから降りた方がいい」

恐怖のために固まった身体は、足がすくんでなかなか動かない。

それを解きほぐすように支えられた腕に誘導されるまま、ゆっくりゆっくり足を動かした。

一段一段慎重に震える足を動かす。

後残り一段と言うところで、稲光とともに轟音がとどろく。

瞬間、足に腕が差し込まれ「ごめん―――」という言葉ともに急な浮遊感が襲う。

バランスを崩した身体が仰向けに倒れるのを、ふんわりと受け止めたのはパトリックだった。


「雷が落ちつくまで、座っていた方がいい」

そう言うと、そのまま閲覧室のソファまで連れて行ってくれた。

閲覧室は書籍室に隣接されていて、机とソファのセットが何個か置かれ、書き物もできるように筆記用具も常備されている場所だ。

いくつか点在している閲覧室の中でも、ここは窓から一番遠いところ。


「ここの方が少しは落ち着くだろう?」

隣に座りながら心配そうな瞳を向けるパトリック。

「えぇ、わたし・・・こんなに近くて恐ろしい雷は初めてで―――っ・・・!」

言ってる傍から雷鳴はバリバリと轟き、書籍室中の窓がビリビリと音を立てて揺れる。

城全体が揺れるような感覚に、堪らずパトリックの袖をキュッと掴んで身をすくめた。

するとパトリックが無言のまま、袖を掴んでいるエミリーの手を引き剥がした。

「あ・・・ごめんなさい。わたし―――」

迷惑だったのかと思い、あたふたとパトリックから離れた。

その刹那、すっと伸ばされた腕がふんわりと身体を包み込む。

えっ・・・と思う間もなく、そのまま温かな胸に引き寄せられた。

抱かれる際に胸に置いた手が、パトリックの鼓動をトクントクンと伝えてくる。

心なしか、脈打つ心音が少し早い。


――怖いのはわたしだけではないのね・・?

そう思うと、不思議と心が落ち着いてきた。

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