シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
やがてピークは過ぎ去り、地響きのように轟いていた雷鳴も次第に小さなものになってきた。

「あの、パトリックさん・・・」

「しーッ・・黙って。暫くこのまま―――雷が終わるまで」

耳元でため息交じりに囁かれる言葉に、何故か動くことができない。

というか、動いてはいけないような気がした。

そのまま数刻の時が過ぎて、雷は城から遠ざかり、辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻した。

聞こえてくるのは窓を叩く雨音だけ。


「パトリックさん、ありがとうございました」

言いながら、離れようと、胸に当てていた手に力を込めて押した。

そうすれば容易く解れるように思われていたその優しい腕は、思いのほか力強く、押してもビクともしない。


「・・・どうしたものかな?この腕を離したくない・・・このまま私の屋敷に連れて行こうか」

離すまいと腕の力をますます強めるパトリック。

「え・・・?あの・・・・何を言って――」


急に何を言い出すのかしら・・屋敷にって、メイドとして雇いたいってこと?

今まで助けられた分お返ししなくちゃいけないけれど・・・。

そういえば、ポケットの中にハンカチの包みを入れていたのだった。

返すなら、今がいいかしら。


焦りながらも考えを巡らせていると、ふっと腕の力が弱まり、身体がゆっくりと離された。


「―――なんてね。ごめん、困らせたね・・・。私は雷の被害状況の確認をしに行く。ここにも時期に部下が見回りに来るだろうから、片付けを手伝うように言っておくよ」

「そんな・・・いいです。片付けはわたしのお仕事ですから。それよりも、先日お借りしたハンカチを・・・。ありがとうございました」

ポケットからハンカチの包みを取り出し、渡そうとするエミリー。

「それは、今度手料理をご馳走になる時に返してもらうとしよう。今は―――任務中だ」

もっともらしい理由を付けて、次回に繋げようとするパトリック。

「あ・・でも、忙しいとメイに聞いています。お時間が貰えないのではないかと」

「・・・そうだな。では、こうしよう。私にランチを作ってくれないか?それくらいなら、時間も取られない。日を決めたらウォルターを通じて連絡するよ」

「はい、お待ちしています」

やっとお礼ができると思うと、気持ちが軽くなって行く。

何を作ろうかと考えると自然に笑みが零れる。


「じゃ、失礼するよ」

そんなエミリーに甘い微笑みを残し、パトリックは部下の元へ向かった。
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