飼い犬に手を噛まれました
多分、時間にすればそれは一瞬。

ふに、と触れたそれは私からすればその相手が千尋ってだけで大したことじゃなくなる。


だって相手は身内ですもの!


「ね? 言わんこっちゃない。こーいう事になるんだから、いい加減に離れておくんなまし」

「おー。さすが俺の万里。予想を裏切らない反応」

おいこら待て待て。誰が誰の、だ。
頭がっちりホールドの体勢は変わらぬまま、くっついていた顔を少しだけ離し、喉をくつくつ鳴らす千尋に訝しがる私。

「なあに? 今のこと、言ってるの?」

何故か笑われているし、一向に変わらない体勢然り、私の不快指数はぎゅいぎゅいアップしちゃうぞ。

……にも関わらず、そんな空気を微塵も感じていないであろう千尋は可愛く小首を傾げて、

「そ。万里わかってる? 今、触れたの唇だよ?」

とか言ってくるのだ。ばかにすんな、ばか。


「わかってるよ、それくらい」

ふふん、と鼻を鳴らしたい気分でうんうんと頷きながら答える私に、千尋は一瞬だけ瞳を翳らせて(溜息つきやがったな!)

「うん。俺の、唇と――万里のここ」

私のサイドをがっちり固めた肘はそのままに千尋の右手の親指が私の唇をなぞり、つぷ、と下唇の膨らみに沈む。

「それ、世間一般では何て言うか知ってる?」

ふ。ふふふ。
ばかにすんな、ばか。答えは、
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