飼い犬に手を噛まれました
「ね、どいて?」

失礼。
正確に申し上げますと、身が沈んでいるのは私だけのもよう。

仰向けになって固まっている私の頭を挟むよう、頬杖をついた千尋はつまりどっからどう見ても私に覆い被さっている訳で。


「だーめ」

「うぅ……!」

何でだめなの。
渾身の眼力でジロリと睨み付ける私を見て微笑む千尋は、その端正な顔を綻ばせながらじりじりと私に近づける。


「万里」

「…………」

「ばーんり」

「…………」

名を呼ばれ、無視する度に縮まる距離。

見下ろされている状況が悔しいけれど決して視線は逸らさないんだから。
肌に、唇に、耳たぶに千尋の息が触れる、けど、無視してやんよ。
と、思った矢先。

「ばーんチャン?」

ううう、それは卑怯でしょう!
千尋が私を懐かしい愛称で呼ぶもんだから。

「……ちーの、ばか。呼び捨てすんな。体、痛い。重いし。どいて。ばか」

反論する為思わず口を開いたもんだから。

あ、柔らかい。
と同時にやられた! 千尋の唇に私の唇が掠めた。
< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop