僕らが今いる今日は
 中学で陸上部に入らなかった瞬は、顧問の先生の勧めで、一時的に入部届を出して、一度だけ、大会に出場したことがあった。
結果は教えてくれなかったけれど、いいところまでいっていたんだと思う。
あの後しつこく入部を勧められていたし、中三のころには推薦の話も上がっていた。
でも瞬は全く興味を示さなかった。

 どうして陸上部に入らないのか、と自分で尋ねてみたこともある。
瞬は、陸上はおもしろくなかったし、決められたコースを走るのって、俺、合わないみたいだわ、鬼ごっこするためだよ、俺が走るのは、とさばさばした笑顔で言っていた。
本気で言ったのかどうかはわからない。

 とにかく、陸上に興味がなかったとはいえ、瞬は走ることそのものは大好きだったのだ。
走れなくなってしまったという事実をいくら受け入れていても、納得なんかしてはいないだろう。
鬼ごっこすらできなくなってしまった瞬に、何事もなかったかのように接することなんか、わたしにはとてもできそうにない。

『なあ』

 瞬は言った。
日曜、競技場、俺も行くからと言って、話は月曜でいいからと言って、日曜は俺が勝手に行くだけだからと付け加えて、驚くわたしを置き去りにして、電話を切った。

 電話を掛けなおそうと、履歴から瞬を呼び出して、やめた。
止めるつもりだった。
わざわざ傷口を抉るようなことをしてほしくなかった。

 でも、できなかった。
瞬の覚悟は、わたしには理解できない。
向き合え、なんて言えない。
逃げ出すことも、背中を向けることも、目を瞑ってしまうことも、それでいいと思う。
辛い事実は、無理に掘り起こしたりしないで、そうっとしておけばいいと思う。

 それでも、瞬がそういう人なんだということも、わたしはよく知っている。

 携帯電話を置いた。
机に広げかけた教科書を棚に戻して、代わりに自分が突っ伏した。

 考えたくない。何も考えたくない。
進路も、望とギクシャクしてしまったことも、智基と橋本くんのことも、瞬のことも、過去も未来も今だって、不透明でふわふわして輪郭が見えなくて考えてもどうしようもないこと全部、投げ出してしまいたい。

考えれば考えるほど、どうしようもなく臆病で卑怯な自分が、嫌になる。



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