愛を教えて
そんな彼が成功の仕上げに欲したのが身分である。

すでに華族制度はなかったものの、やはりそれに繋がる血を求め、妻にしたのが皐月だった。


「ただいま帰りました。遅くなって申し訳ありません。――おはようございます、おばあ様。またすぐ仕事に出ますので、ご挨拶にだけ伺いました」


下座から皐月に声をかけ、卓巳は軽く頭を下げた。

向かって左に、藤原敦《ふじわらあつし》、尚子《なおこ》夫婦が座っている。右には、藤原和子《ふじわらかずこ》が娘の静香と高校生の息子、孝司《たかし》を伴い、着席していた。


「おはよう。ご帰宅の予定で戻られないから、心配していましたよ」

「いやいや、卓巳くんも一人前の男ということです。ちょうど君のことを話してたんだよ」


横から口を挟んだのが尚子の夫・敦だ。彼は祖父の決めた入り婿である。祖父は能力より、自分の思うとおりに動く男を選んだ。

そんな敦が今、皐月に最大限のお追従を言うのは当然だった。

皐月が可愛がる卓巳にも逆らう男ではない。


「さあ、それはどうかわかりませんわよ。お兄様の例がありますもの。アバズレ女に騙されて、藤原の家名に泥を塗ることにでもなれば……」


夫と違い、妻の尚子はどんなときでも嫌味を忘れない。


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