愛を教えて
「もう、おしまいだ。あれほど、少しは慎むようにと言っておいたのに。女には不自由してないだろう? それを、こんな……よりにもよって卓巳くんの」


敦は太一郎が怪我をしたと連絡を受け、急遽、外出先から呼び戻された。
そして、怪我の理由を聞いたあとは、ソファに力なく座り込んだまま、延々愚痴を言い続けている。


「おしまいだ……私たちはもう」

「何をおっしゃるの!? 太一郎さんはこんな大怪我をしたんですよ!」


母親の尚子は、この期に及んでまだ、事態が飲み込めていないらしい。

太一郎は右手を八針縫った。確かにかなり深い傷だ。部屋の絨毯には赤黒い染みが残り、消毒薬の匂いが充満して、さながら病院のようだった。


「あの女に切られたのよ! 自分で太一郎さんの部屋に来ておきながら、使用人に知られそうになったから、太一郎さんのせいにしようとしたんですわ! そうに決まってます。ね、太一郎さん、そうなのよねっ!?」


尚子はソファに腰かけたまま、部屋の奥にいる太一郎に問いかけた。


(よく言うぜ。答えなんか聞いちゃいねぇくせに)


勝手に質問と答えを用意して、太一郎が返事をする前に結果は決まっているのだ。


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