愛を教えて
「テニスが嫌なら無理にとは言わない。ただ、軽井沢には別荘もあって知人も多い。そこでデートを目撃されたら、より効果的だと……」

「軽井沢には行きません。どうしてもとおっしゃるならデートはしません! それが契約違反なら、どうぞ訴えてください。私は……私は」


万里子の剣幕に、卓巳は戸惑うばかりだ。

相手に合わせようとするため、万里子は優柔不断に見える。だが、一旦言い出せばてこでも譲らない。契約書の一件で経験済みだ。

それに、万里子は今にも泣き出しそうで……。

ガイドブックを熟読してまで今日の日に備えたのは、万里子の涙を見るためではない。


「わかった。わかったから、そんな顔はしないでくれ。別に、軽井沢に行くのは義務じゃない。――今日の行き先は君が決めてくれ。さあ、どこなら満足だ?」


聞き方は乱暴だが、卓巳にすれば精一杯の譲歩である。

そして、万里子が望んだのは……。


「でしたら、動物園に行きたいです」


万里子が名指ししたのは台東区にある動物園。

そこは、テーマパーク以上に、未就学児童が集中して訪れる場所である。

何が楽しくて行きたいというのか、卓巳にはさっぱりわからない。

いや、そもそも女の子の姿を見るだけで切なげな瞳をする万里子が、幼稚園教諭を目指す気持ちもわからなかった。


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