愛を教えて
遠巻きにしつつ、声をかけてくる支配人を振り返り、卓巳は怒鳴りつけた。


『さっさと警察を呼べ! このホテルのオーナー、サー・スティーブン・ライカーは私の妻を誘拐した挙げ句、監禁している。しかも、このホテルに、だ。違うと言うなら、このドアを開けて潔白を証明して見せればいい。できないのは、ここに私の妻がいるからだ!』

 
言い終えると、卓巳はマホガニー材で作られた焦げ茶色の花台を持ち上げた。女性従業員の悲鳴がフロアに響き渡る。後方から聞こえる一切の説得に、卓巳は耳を貸すつもりはなかった。


『開けないなら壊すまでだ。はったりだと思うなよ、ライカー。怪我をしたくなければ、ドアから離れていろ!』


黒のチェスターコートを翻し、卓巳は花台を振り上げ――。



カチ……ドアの鍵が開く音がした。

花台が扉に衝突する寸前、卓巳はその音を耳に捉え、急停止する。無言で花台を床に下ろすと、卓巳は部屋に飛び込んだ。



『やあ、ごきげんよう、ミスター・タクミ・フジワラ』


ライカーはワイングラスを片手にしている。黒いバスローブをだらしなく着崩し、一見して酒に酔っていた。

シッティングルームは芳醇な赤ワインの香りに満たされ、卓巳は咽返りそうになる。だが、この部屋に万里子の姿は見えない。


(――寝室か)


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