愛を教えて
太一郎は狂喜乱舞する尚子を思い出していた。


「この日が来るのを待っていましたのよ。ええ、あたくし信用してましたわ。太一郎さん! やっぱり先代によく似て、貫禄がありましてよ」


ただでさえ、緊張のあまり胃がひっくり返りそうになっている。そこを耳元で騒がれ、以前なら怒鳴りつけるか逃げ出すのが精々だろう。

だが、「血の繋がった従兄弟同士、力を合わせてね」と皐月に頼まれては断れない。

今の太一郎にとって、皐月の信頼が存在価値と同等だった。皐月の……祖母の期待に応えるため、成人式ですら着なかったスーツを着て、初めて本社ビルに足を踏み入れた。 

しかも、父と母も一緒だ。

幼稚園の入園式じゃねぇんだぞ、と叫びたい。だが、今日は我慢だ。


「卓巳が戻ってこなきゃ、俺はなんのために恥を掻きに来たんだよ」

「人の信頼には応えずにはいられない方ですからね、社長は。きっと、戻られますよ。戻る場所があれば、ですが」


さりげなく、宗は「太一郎しだいだ」とプレッシャーをかけてくる。


「俺……トイレ行ってくる」

「そろそろ皆様お揃いです。先代社長の派閥の方も、皆様お越しですよ。遅れないようになさってください」

「逃げたときはお前が上手くやってくれ」

「大丈夫です。今のあなたは逃げませんよ。太一郎様」


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