愛を教えて
何もかもが、偽装のはずだった。

ふたりは周囲の親しい人間を騙そうとしているのだ。それなのに、なぜか楽しくて、万里子は卓巳と過ごす時間を心待ちにするようになっていた。

万里子の弱みにつけ込み、結婚を強要した男性。そんな卓巳の最悪だった第一印象は、どんどん変わってきている。

彼は女性や恋愛、結婚に対して真摯だった。だからこそ、中絶の過去を持つ万里子が許せない。タイムリミットを設けられ、結婚を急かされるのも嫌なのだと思う。

それを、人生の終焉が近づいた祖母のために、自らの信念を捨てるだなんて。

万里子は卓巳に思いやり深さに、尊敬の気持ちすら抱き始めていた。



万里子の携帯電話の電源をオフにして、ふたりは同じ時間を過ごしていた。

やがて夜も更けてくる。

ベッドルームにはダブルサイズのベッドが二台。いよいよ、同じ部屋で寝るのだと、卓巳の中に妙な緊張が走る。


「すまない。少し仕事が残っているんだ。先に休んでいてくれ」


仕事を理由に、卓巳はリビングに残った。

万里子は疑う素振りも見せず、ベッドルームに消えていく。


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