ケイヤク結婚
「もう大丈夫です」と私は言いながら、大輝さんから離れた。

「新垣と知り合いだったと、今しがた理沙から聞いたけど」

「はい。大学のサークルが同じだったんです」

 パタンとドアが閉まる音がして、私は振り返る。

 数メートル先に、侑が立っていた。緩めたネクタイをキュッと縛りあげて、こちらを見ていた。

「まさか、夏木課長の知り合いだったとは」

 遠くで侑がニヤリと笑う。

「紹介が遅れて悪かった。妻の綾乃だ」

「『妻』?」

 侑の顔がひどく歪んだ。

「ああ。結婚したんだ。帰りの遅い俺に夜食を届けに来てくれた。大学の友人だからとは言え、見合い相手に誤解されるような行為は慎んだほうがいいかもな」

 大輝さんが私の肩を掴むと、明るいオフィスへと足を進めて行く。

 背後では「ちっ」と侑の舌打ちが聞こえた。

「怖い想いをさせて、申し訳ない」

 大輝さんが小声で謝ってくれる。

 違う。今のは、大輝さんのせいでは……。

 私は顔をあげて、言い訳しなくちゃって思ったけれど。何をどう言えばいいのか、わからずに下を向いた。

 違うの。

 大輝さんのせいじゃないんです。
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