マリア
第一章 始まり
 池袋の街はずれの、かつての不夜城。今は寂れた薄暗い路地の、さらに奥の古いビルにマリアはいた。
 一階のカビ臭い会場のステージで、音質の悪い“G線上のアリア”が流れると、彼女はスポットライトを浴び登場した。狭い客席中央に延びた花道を、腰を振り二、三度立ち止まってはポーズを決める。まるでモデルのように振舞ってはいるが、彼女が身に着けているのは有名なブランド物ではなく、安物のシースルーの短いドレスだった。年の割には型が良く、程よい大きさの乳房が、歩くたびに透けて揺れて見える。ツンと上を向いた乳首が、ブルーのドレスの奥で男達を誘う。花道の先に来た彼女はクルッと後ろを向き、股を広げたまま両足を曲げた。そして前方に手を付き、猫のようなしなをつくると、親指を咥え、いわゆる“悩殺ポーズ”をとった。だが客席の反応はいまいち。それもそのはず、暗い客席には片手ほどの人影しかいない。まだマリアが二十歳そこそこの頃は彼女目当ての常連客もいたが、時と共に年を取り、二十八歳のマリアはすでに落ち目だった。それに「ストリップバー・エンジェル」などという店自体がすでに時代遅れなのだ。面白半分に来る学生や、古くから月一~二回ほど来る客、夜の仕事の終わりにふらっと寄る客などがほとんどで、一見さんはほぼいなかった。
 今日マリアは三番目の出番で、『聖母マリアの乱れた乳房』が彼女の10分程度のショーの名前だった。ブルーのシースルーのドレスをじらしながら脱ぎ、胸を片手で隠すと前を向いた。紐のパンティ一枚で今度は膝を付き、もう片方の手で紐を掴む。広げたパンティの間におひねりをねだるのがお決まりなのだが、最近は格好ばかりで何も挟まってこない。だがこの日は違った。花道の横の暗がりから手が伸び、パンティの間に紙らしきものを挟んだ。しかも最近見慣れない福澤諭吉の顔がマリアに微笑んだように見えた。チラッと確認した後、やはり間違いない。
(諭吉を挟むなんて……!間違えたなんて言わないでしょうね?それとも金持ちのオジサンかな?)
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