マリア
 病室の前につくと、部屋のネームプレートには一人分のスペースしかない。個室のようだ。そしてそこに、“中嶋徳二郎”と書いてある。トントンとドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がした。だがその声は徳二郎ではなかった。スライド式のドアを開けると、ベッドを起こして座っている徳二郎、そして昨日とは違い、白衣を纏った原田が居た。
「徳二郎」
 マリアの姿を見て、徳二郎はまずマリアに驚きのまなざしを向け、次に原田に疑問の表情を投げか掛けた。
「おいおい。そんな目で見ないでくれよ。このお嬢さんが無理矢理聞き出したんだよ。大変だったんだぜ。教えてくれなきゃ人前で痴漢だって叫んでやるってな」
 原田は徳二郎に向かって弁解を述べた。実際昨夜、原田を引き留めた後、そのようにマリアが言ったのは事実だが。
「徳二郎と、二人にさせて」
 マリアは原田の言葉を無視するように言った。原田はそれに腹を立てるでもなく、徳二郎に「いいのかい?」と訊ね、徳二郎が頷くのを見ると、立てかけてあったパイプ椅子を広げ、「どうぞ」とマリアに差し出した。
「それじゃあ、邪魔者は退散しますか。徳二郎、薬の時間を忘れるなよ」
 原田はそう言い残し、部屋を出ていった。
< 22 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop