マリア
「徳二郎、帰らせてよかったのか?」
 病室のドアの入り口で、原田が廊下の様子を伺いながら言った。視線の先には遠くで壁にうなだれるマリアがいた。
「随分とショックを受けてるみたいだな。ま、こんな話誰だって驚くのも無理はないか。可哀想に」
 原田はドアを閉め、先ほど自分がマリアに差し出した椅子に腰掛け、足を組んだ。
「あのことは、まだ話していないんだろう?」
 原田の問いに、徳二郎は無言で窓の方へ目をやった。そしてそのまま、「知らない方が、マリアのためだ」そう言って、原田に腕を差し出す。
「薬を打ちにきたんだろう?早くしてくれ」
 原田は‘フウ’と溜め息をつき、白衣の内ポケットから医療キットを取り出した。それをベッドの布団の上に広げ、中から小さな注射器を取り出す。一緒に入っていた小型の薬瓶の中身を注射器で吸い込み、メモリを見ながら薬の量を合わせた。
「これが、最後だぞ」
 原田の言葉に徳二郎が頷くと、原田は注射器の針を徳二郎の腕に当てた。徳二郎は慣れたように針の先を見つめる。原田が静かに針を抜くと、脱脂綿で注射口を押さえた。徳二郎はそれを揉みながら、「わかっているさ」と、悲しげに原田を見た。
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