リアル





「どうしてそんな……」


「今はまだ別れられないんですよ。後少ししたら別れを告げるつもりです」


英治は開き直ったのか、悪びれた様子もなく言う。


薫はさすがにそれが頭にきて、つい声をあらげそうになったが寸でのところで堪えた。


「どういう、意味?」


こんなに最低な男を見たのは初めてかもしれない。


二股を掛けているというのに、自分勝手な都合で別れを告げないなんて。


「僕の実家、大正から続く歯医者なんです。幼い頃から、継いで当たり前だと言われてきました」


「今はそんな話を聞いているんじゃ……」


薫は当初の目的も忘れて大きな声を出した。


大学内の学食は人もまばらだが、いる人は皆薫と英治を気にしているようだった。


英治はそれに気付いてか、人差し指を唇にあて、しい、とした。


それはまるで子供に向けてやるような仕草だ。


薫はそれに恥ずかしさと怒りを感じ、咳払いをした。



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