リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
投げつけられたそれを、こんなものは捨ててしまえとそのとき思ったが、なぜか、捨てることができなかった。
かといって、ずっと忘れていたそれを、今になって拾いましたと総務部に届ける気にもなれず、なんとなく、ずっと、牧野の手元に残ってしまった。
それが、まさか、あいつのものだったのかと思うと、妙に牧野は笑えてきた。


(これを因縁って言うのかねえ)
(それとも、執念か?)
(お前のじゃないかと渡したら、どんな顔するかねえ)


そんなことを思いながら、牧野はそれをまた箱に仕舞い込んだ。
なんとなく。
そう。
ただ、なんとなく。
今はまだ渡したくなかった。


(渡すなら……、こっちが先だな)


机の上の書類を手に取り、さて、どうやって渡すかねえと、牧野は口を尖らせて考えた。


(大仕事を成し遂げてきたら、褒美だ言って渡してやろうか)
(きっと、ふざけるなーっと、いつものように噛みついてくるんだろうな)


勇ましく、自分を睨みつけてくる、あのきつい眼差しを思い出した牧野の頬に、知らず、笑みが浮かんでくる。

自分の居場所に彼女を連れ戻したのは、四月。
仕事は、昔よりも、ずっとそつなくこなすようになっていた。
人との接し方も、距離の取り方も、大人のそれになっていた。
けれど、戻ってきた彼女は、昔より人に対しても仕事に対しても、どこか冷めていた。
それをもどかしく思いつつも、彼女が『自分』を取り戻すまではと心に決めて、深く関わることを牧野は避けてきた。
夏を過ぎたころか、少しずつ、彼女は牧野の知ってる彼女に戻り始めてきた。
その様子に、どうやって次のアプローチをとろうかと牧野は考えていた。
想定外のできごとで、彼女に大きな仕事を任せることになり、やっと、牧野は昔の彼女をそこに見た。
そして、それを喜ぶ自分がここにいた。


廊下から、この春から生活の一部になった、明るく柔らかな声が、聞こえてきた。
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