リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「はい。そしたら、昨日の午後、主任が会議室にいるときにまた電話があって『昨日、小杉さんはどうして、来てくれなかったんだ? いつもなら、すぐに来てくれるじゃないか』って。聞かれたこっちが、なんだ、そりゃじゃないですか?」
「それで、なんて答えたのよ?」
「会議中だったって言いましたよ。一昨日、そう言いましたから」
「でかした」
「でしょ。ですよね。誉めてください。もっといーっぱい、誉めてください。僕、頑張ったんですー」

甘え倒すかのように言い募る木村に、明子だけでなく、小林までもがうるさいと笑い、木村は盛大に頬を膨らませた。

「で。今日は、なに?」
「昼過ぎに電話がなって、なんかマニュアルを見ながら、いろいろ聞くんですよ。で、それはこういうことですよって、説明をしたんですけど。なんだかよく判らないから、小杉さんに来て貰えないかって。だから、今日は外出していて、戻りの時間も判らないんですって答えたら、急に『小杉さん、他の課に異動したわけじゃないよな?』って」

なんなの、それと聞くより先に、部屋の片隅から小さく湧いた、失笑にも近い笑い声が、明子の耳に届いた。
ちらりと声の下ほうに目を向けると、三課の井上美咲と目があった。
彼女と、数名の彼女のお取り巻き的若手社員たちが、明子に目を向けて、いやな笑い方をしていた。


(あー、確か……、人のことを盥回し云々、言っていた子たちだよねー。この子たち)


顔を見て、唐突にそんなことを思い出した明子は、また真っ暗な底なし沼に沈んだような感覚になった。
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