リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「私、お見合いなんてしないって言ったでしょ。なんで、勝手にそんなこと」
『三十も過ぎて、まだ一人だなんて、心配なのよ。ね。会うだけでも会って』
「お見合いなんてしないから。一人でいいの」
『そんなこと言って。もういい加減、早くいい人を見つけて、母さんたちを安心させて。いつまでも一人じゃ、母さんたちも心配……』

その言葉が、引き金だった。
絶対に、これだけ、口にしない。
そう決めていた言葉が、もう明子の中で抑えられなくなった。

「今更」

言ってはダメと、明子を止めるもう一人の明子を振り切って、明子はずっと封印していた言葉を吐き出した。

「今更、心配だなんて言わないでよ。私は、ずっと一人だったから、平気よ」
『明子』
「まだ、小学生にもならない子どもを、夜中に平気で一人にして放り出せた人が、今更、あなたが心配だなんて、おかしなことを言わないでよっ」

電話の向こうで、母が息を飲むのが判った。
それでも、一度吐露してしまった負の感情は、もう止められなかった。

「心配? あなたが心配? 違うでしょ。ただ、世間体を気にしているだけでしょ。ずっと、ずっと、私は一人だった。親になんか見向きもされない、一人ぼっちの子どもだった。もう、私、大人だから。小さな、小さな子どものときだって、一人で平気だったのに、今更、一人が寂しいなんて、これっぽっちも思わないわよっ もう、放っておいてっ あなたは、あなたの大事な娘と、仲良くやっていればいい。私のことなんて、娘だなんて、思ってくれなくていいわ。思ってもいないんでしょ、娘たなんて。私は、もう、とっくの昔にそう割り切っているのよ。私は、あなたの、あなたたちの子どもじゃないって。娘なんかじゃないって。だから、一人ぼっちなのは、仕方ないんだって。だから、もう、今更、私はあなだの親ですなんて顔して、私の生活に干渉してこないでっ 放っておいてっ」

もう、こんな電話、二度とかけてこないでっ
そう言って、明子は電話を切った。
受話器の向こうから、明子の名を泣きながら呼ぶ母の声があったけれど、耳を塞いだ。


(そんなの、お互いさまよ)
(あなたなんか、あたしが泣いていたことにさえ、気付いていなかったでしょ)


明子は、携帯電話の電源を落とした。



暗くて寒い部屋の中で。
一人ぼっちで道に迷った子どものように、明子は泣いた。
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