リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
昼休みになって、お茶を入れて給湯室から戻ると、室内はすでに人の気配がなくなり、静かだった。
電気も消えて、少し、薄暗い。

木村の机の上にポンと置いてある、ポインセチアが目に入った。
キレイな赤を、明子は眺めた。


‐闘志ですよ


牧野の言葉が、耳に蘇る。


(牧野さんらしいね)


口元を引き締め、仕事に励む牧野の精悍な顔も脳裏に浮かび、明子はまた笑った。
ふと、引き出しに仕舞ったままの封筒の存在を思い出し、明子は取り出した。

林田に。
小林に。
牧野に。

受けてみろと、そう言われた試験。
今の今まで、すっかり忘れていたけれど。
唐突に、それを思い出した。


(どうしようかなあ)


目を背けずに、真剣に本気で考えた。


「受けて……、みよう、かな」


人のいない部屋の中で、初めて、口に出して呟いてみた。
今までずっと、胸の奥に封印していたその言葉を、静かに、口にした。
それが呪縛を解く呪文だったのか。
ゆるゆると、心が、動き出していくようだった。
止まったままだった時間の一部が、明子の中で流れ出していく。


心の中に、蕾が生まれる。
枯れることなく。
花咲くその日が訪れるのか。
それは、まだ判らない。


けれど……

この心の中に、芽生えたなにかがある。
明子にも、それは判った。
そして、なにかが変わり始めようとしていることも。
ぼんやりながらも、明子は感じ始めていた。


(牧野さんに言ったら……)
(これも、闘志って呼んでくれるかな?)


正体の判らない、胸の奥に芽生えた、静かで、熱いなにかに、明子はそんなことを考えた。
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