リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
3章 寄り添い、ギュッと抱きしめて。

1.覚悟。それを知る。

ひんやりとした静けさに満たされている会議室にも、人の姿もなかった。
窓から差し込む日差しだけが、暖かさを感じさせる。

いつもなら、真っ先にここに入り、明子が着席するころにはパンを一つ食べ終えている沼田は、今日は野木に連れ出されていった。
なぜか、木村もそのご相伴に預かれることになったらしい。
お祝いだと、野木が笑いながら、木村を誘いにきた。あの木村が、それに応じないわけがない。野木の誘いに「やった」と小躍りしながら、後に続いて行った。
おそらくは、川田も一緒なのだろう。
廊下のほうから聞こえた「今日は、お弁当を作って貰えなかったんですよー」と言う木村の訴えに「なんだ、もうケンカか」と応じる川田の声があった。
賑やかしく遠ざかっていく声を、明子はクスリと笑いながら、聞いていた。

牧野も昼休みになると同時に、どこかにふらりと姿を消した。
けっきょく、明子のお弁当は返されることはなかった。
あれは間違いなく自分のお弁当なのだから、牧野がなんと言おうと引き出しを開けて、遠慮なく奪還してもいいはずなのだけれど、後々の面倒を考えて、明子は仕方なく諦めた。


(私のお弁当なのにっ)
(返せっ)
(泥棒ネコさんっ)


そう思うと、また、明子の中で怒りがふつふつと込み上げた。


(お供のイヌにも、なってくれなかったドーベルマンめ!)
(その挙げ句に、お魚盗んだ泥棒ネコに変身って)
(もう!)
(バカバカバカ!)
(許すまじ!)
(牧野っ)


そんな悪態をつきながら、いつもの席に座り、室内ではなく外を見ながら、明子は牧野が握ったおにぎりを頬張った。
いつもなら、松山とわきゃわきゃ喋りながらのお昼ご飯なだけに、無言の食事はつまらなかった。
松山も明日からは、彼の部下になる社員たちと同様に、しばらく客先に直行になるらしい。
和やかな昼食タイムは、しばらく、お預けだ。
つまらないなと、明子は唇を尖らせた。
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