リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「なんだ。近くじゃないか」

その偶然に、少しだけ驚いたような島野の声に、明子も驚いた。

「え?」
「私は図書館のあたりに住んでいるんだ。知ってるかい? 図書館」
「ええ。ときどき行きます」
「その近くに、アウトドア用品の店があるだろう」

あの裏手あたりだよ。
島野のその言葉に、どきりと明子の胸が高鳴った。
牧野の顔が脳裏に浮かぶ。

「送っていくよ」
「でも……」
「帰る方向が一緒なのに、会社に置いていけって言うのかい? こんな夜中に」
「まだ十時過ぎですよ」
「働きすぎ。まあ、今日はいろいろとあり過ぎて、なかなか自分の仕事を片付けられなかったんだろうけど。夜更かしは美容の敵だよ。お肌が曲がる」
「もう、曲がってます」
「そうなのかい?」

どれ。
そんなことを言いながら伸ばされてきた島野の手を、明子は避けた。

「残念。さすがに察しがついたか」

残念。残念。
からからとした声で、念仏のように繰り返しそう唱えながら、島野はあっさりとその手を引っ込めた。

「もう。こんな手を握っても、楽しくないですよ」
「とんでもない。女性と手を重ねられて、もしもいやな気分になる男がいたら、そんな男こそクズだね」

その言葉に、明子は吹き出してしまった。

「もう。よくそんな言葉が、さらさらと出てきますよね」
「まったく心を込めていないからね」

あははと、明子は声を上げて笑った。こうもはっきり言われると、むしろ潔ささえ感じてしまう。
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