リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
『俺だ。今、どこだ? 大丈夫か?』

やや緊迫感のあるその声に、明子は戸惑いながら自分の名前を告げた。

「あの、小杉です」

電話の相手は牧野だと思い込んでいた君島は、予期していなかったその返事に虚を突かれたのか、言葉を飲み込んで押し黙った。
一瞬の沈黙の中に、君島の戸惑う息遣いがあった。

「あの、これ……。牧野さんの、ケータイなんですけど、なんだか、牧野さん、ちょっと様子がいつも違ってて。君島さんから電話ですって教えたら、出てくれって」

小杉の言葉を聞いた君島の、深い、安堵のため息が、電話の向こうから聞こえた。

『そっか。一緒にいるんだな?』
「はい。会社にいます。そろそろ、帰ろうかって言ってたら、カミナリがきちゃって」
『牧野。どんな様子だ?』
「今は、落ち着いています。大丈夫だって、そう伝えてほしいって」
『自分で、大丈夫って言ってるんだな?』

いつもの声でそう問いかけてきた君島に、明子は「はい」と一つ返事を返した。

『そっか。なら心配ないな』
「ロッカーから戻ってきたら、なにか、ちょっとぼおっとしてて、呼んでも返事がなかったんですけど。今は大丈夫です。なんか、眠そうな顔してます」
『そのデカいのに寝られたら、動かせんだろう。叩き起こして、車にでも放り込んでおけ』

はははと笑うその声に、明子はようやく人心地ついたような安心感を覚えた。
君島が心配ないと言うなら、きっと大丈夫なのだと、根拠も何も無くてもそう思えるから不思議だった。
牧野が左手で明子を抱き寄せたまま、右手を伸ばしてきた。
電話にでるということだろうと理解した明子は、その手に牧野の携帯電話を渡した。

「牧野です。すいません。すぐにでなくて」

まだ小さいけれど、それでも、それなりに落ち着きを取り戻したいつもの声で、牧野は君島と話し始めた。
その間、明子はずっと、その髪を撫で続けた。
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