リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「……、小杉?」

その存在がそこにあることを確かめているかのように、弱々しい小さな声でそう呟いた牧野に、明子は「はい、小杉ですよ」と答える。
その頬に、ずっと、穏やかな笑みを浮かべ続けた。
牧野を安心させるように。落ち着かせるように。
ただ、静かな笑みをたたえ続けた。

「大丈夫、ですか?」

なんか、具合悪そうですよと、意識して重苦しくならないよう軽やかな声でそう問いかける明子を見つめていた牧野は、伸ばした手を明子の腰に回して引き寄せた。

「ま、牧野さん?!」

突然のことに驚く明子に「しばらく、こうしていてくれ」と、牧野は小声で言い、自分の体を預けるように、きつく明子を体を抱き寄せる。
耳を掠めた小さな囁きに、明子は一瞬戸惑って、それから、そろそろと伸ばした手で腹部のあたりにある牧野の頭を抱えるようにして、その冷たい髪を撫でた。
なにも聞かず、ただ、牧野の望むようにした。

こんな牧野を見るのは、初めてだった。
カミナリの鳴り響く夜、一緒にいたことはあったはずだと、明子は過去の記憶を懸命に呼び起こす。
けれど、どれだけ探っても、明子の記憶の中にこんな牧野はいなかった。
会話のない静かな時間が流れる中で、机の上にある牧野の携帯電話が、突然、けたたましく震えだした。
誰からだろうと目を凝らして確認すると、君島の名がそこにあった。

「牧野さん。君島さんから、電話ですよ」

手を伸ばし掴んだそれを、明子は牧野に差し出すが、牧野は明子の声が聞こえていないのか、ただ明子を抱きしめているだけだった。
そうしているうちに、電話が切れた。
留守電に繋がってしまったようだった。
そして数秒が過ぎ、また、携帯が着信を知らせて、震えだした。
君島からだった。

「出てくれ。大丈夫だって」

電話の相手が誰なのか判っているかのような牧野の言葉に、明子は頷いて、その電話に出た。
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