リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「運転。代わりますか?」

寝不足の牧野を気遣うようにそう尋ねる明子に、牧野は「大丈夫だよ」と、小さく笑う。
それでも、牧野を案じている様子の明子に、牧野は少しだけ考え込んで、車の鍵を差し出した。

「じゃ、お前の家まで、頼む」
「牧野さんの家まで、届けますよ」

明子の言葉に、牧野は笑う。

「バカ。お前はどうやって帰るんだよ。それとも今夜、泊まっていくか」

それならそれで俺はいいけどなあと、明子に鍵を渡しながら明子の腰に手を回し引き寄せるようにして、牧野は明子の顔を覗きこんだ。

「明日、仕事にならねえかもか」

そんなことを意地悪く言う牧野を、明子は少し上目遣いで睨みながら「なにを言ってるんですか、バカですか」と、その額をペシリと叩いた。

「タクシーでも拾いますよ」
「走ってねえよ。ちょいと、幹線道路からは外れているところだな。一番近いバス停だって、一キロくらい離れてるんだぞ」

初めて聞く話に、そうなんですかと明子は頷くしかなかった。

牧野が今、どんなところに住んでいるのか。
そんなことさえ自分は知らないことに、明子は今さらながら気がついた。
小さいけれど庭がある家だと、昨日、牧野から聞いたことを明子は思い出した。
きれいに手入れされた庭なんだろうなあと、そんなことを想像して、その家に自分はそう遠くない未来に連れて行かれるのだと、そんなこともうっかりと思い出してしまった明子の頬が、また熱くなった。


(暗くて、よかった)


頬の火照りを気づかれないようにしながら、明子は運転席に乗り込んで、続くように牧野が助手席に乗り込んだ。
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