リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
いつもと違うその光景がなんとなく新鮮で、明子はつい、その口元を緩めてしまう。
車に乗り込むなり座席の位置を後ろにずらして、背もたれのシートを少し後ろに倒した助手席に座る牧野は、明子のその笑みに眉尻をピクリと跳ね上げた。

「なんだよ?」
「なんか、助手席にいる牧野さんって、新鮮だなあって。初めて見るかもって」
「あ? あー。俺、人の運転、あんまり好きじゃないしな」

なるほど、だから見慣れない光景なのかと、牧野の言葉に明子は納得したように頷いた。

「気持ち悪くなるとか?」
「いや、それはねえけど。なんとなく、自分で運転してるほうが楽でさ」

ふうんと鼻を鳴らしながら、牧野がシートベルトを着けたのを確認して、明子は車を出した。

「ぶつけんなよ」
「失礼な。これでも、無事故無違反のゴールド免許ですからね」
「ばーか。運転してねえだけだろ。会社の車くらいだろ、運転しているの」
「今はそうですけど。前は私だって車を持ってましたもん。まあ、小さな軽自動車でしたけど。前に住んでいたところ、駅からはちょっと離れていたんで、車がないとなにかと不便だったもんで」
「都内だの大都市圏ならともかく、地方のこんな田舎町じゃ車は必須だよな」
「そうなんですけど。でも、今のアパートは駅も近いし、買い物とかも車がなくても困らないから、いらないかなって」
「へえ。まあ、あそこなら車で遠出とかしなけりゃ、なくてもどうにかなるか」

納得したように頷いた牧野は、明子の左手を取って軽く握りしめた。

「牧野さん。運転中です」
「判ってるって。しばらくは真っ直ぐだから、大丈夫だろ」

確信犯的な牧野の言葉に、明子は仕方ないなあと笑った。
< 821 / 1,120 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop