高天原異聞 ~女神の言伝~
大気が喜びに満ちていた。
神々の言霊が溢れかえっている。
国津神が全て目覚めたからだ。
中つ国に封じられていた神々が目覚めた。
「神気が豊葦原に満ちている。これを、待っていた――」
荒ぶる神は、唇の端を上げ、笑んだ。
「馨《かぐわ》しい神気です。なんと懐かしい。まるで神代に戻ったかのように」
「まだだ。国津神が目覚めただけでは、足りぬ。神々が女神を求めて集う。黄泉神々も動き出すだろう」
「男神と女神の神気は未だ感じませぬ。交合《まぐわ》いによって、記憶と神威は戻らなかったのですか?」
「ああ。女神の記憶が戻らぬのなら、神威も戻らない。女神の神威ならば、容易く黄泉神を退けられるだろうに」
「なぜ、女神の神威は戻らぬのですか?」
「女神の神意が何処にあるかはわからぬ。だが、神代を再び甦らせるには、男神と女神、二柱の神がどうしても必要なのだ」
「御身は神代を再び甦らせるおつもりなのですか?」
「ああ、そうだ。国津神と中つ国だけでなく、天津神と高天原も甦らせる。神代が戻りしそのときこそ、我が願いも叶うであろう」
荒ぶる神は、遠い眼差しで思いを馳せる。
「願いは二つ。そのためだけに、天を追われてより今日この時まで彷徨ってきたのだ――」