高天原異聞 ~女神の言伝~
「――」
美咲は、目を開けている自分に気づいた。
青い空が、流れていく雲が見える。
風に揺れる木々の、草の音が聞こえる。
清らかな水の匂いがする。
背中には、優しい大地の感触が。
美咲は、そっと身体を起こした。
真青と真白が輝く太陽によって、どこまでも続く草原に影を落としては過ぎていく。
そこには、人の手で造ったと思われる人工物が何もなかった。
ただ、あるがままの世界。
先ほどの夢のような、ただひたすら美しいだけの世界だった。
まといつく大気でさえ、喜びに満ちている。
その気配を、とても懐かしく、愛しく思う。
だが、その懐かしさは、愛しさは、どこか足りないような気がした。
これは、本物ではない――心の何かが確かに感じている。
これは、自分の記憶の片隅にある思い出の再生。
ひどく遠い、思い出だった。
覚えてもいない記憶の断片が、今ここに在る。
神々の世界。
そんな言葉が、わきあがる。
美しい神話の世界には、あらゆるものの中に、神がいます。
そんな世界に迷い込んだようだった。
「どうして、こんなところに……?」
思わず、口からついて出る。
こんなところに迷い込んだ前後の記憶がない。
確か、図書館で帰り支度をしていたはずだ。
「――」
そこから先が、美咲にはどうしても思い出せない。
辺りを見回しても、そこには美咲しかいない。
なんだか、ひどく身体がだるい。
目が回るような感覚に、美咲は、もう一度その場に倒れ込む。
柔らかな草が、大地が優しく背中を受け止める。
頬に触れる風が心地よい。
これは、どんな夢なのだろう。
美咲の意識は幸せなまま途絶えた。