高天原異聞 ~女神の言伝~
「前にあなたと、会ったことがあったかしら?」
「いいや、一度も」
「それなのに、私を知ってるの?」
「ああ、嫌というほど捜したからな。とても――永かった」
「――どういうこと?」
「見ろ、美咲」
促されるように、美咲は顔を前に向けた。
突然、そこには美しい景色が広がっていた。
美しい山々と、たくさんの緑。
青い空に、白い雲。
優しく照らす太陽と青白くひっそりと浮かぶ欠けた月。
穏やかな風が、草原を吹き過ぎていく。
先ほどの暗闇など存在しなかったかのように、美咲を抱えた建速はその景色の中を歩いていた。
「美しい世界だろう?」
「ええ。どこか懐かしいわ。ずっと昔、ここに立って、こんな風に思ったような気がする」
「ここは、神々の世界。今は失われた、世界だ――」
建速も、懐かしそうに目を細めた。
二人は美しい景色を飽くことなく眺めていた。
いつまでも見ていたい――そんな風に思わせる美しさだった。
やがて、建速が、静かに告げる。
「伊邪那岐と伊邪那美の神話を知っているか?」
突然の問いに、美咲は戸惑ったが、それでも答える。
「え、ええ。あの古事記や日本書紀に出てくる神様のことでしょう」
建速は真っ直ぐに美咲を見つめ、それから、言った。
「あんたが、伊邪那美なんだ。そして、時枝慎也が伊邪那岐だ」