高天原異聞 ~女神の言伝~

「美咲、目を覚ませ!!」

 強い、力在る言葉とともに、美咲は目を開けた。
 同時に、自分を取り囲み、飲み込もうとしていた闇に気づいて悲鳴をあげた。
 力強い腕が、自分の腕を引き寄せ、抱き起こす。
 美咲は子どものように抱え上げられ、闇は名残惜しげに足下で蠢き、やがて消えた。

「大丈夫か、美咲」

 重さを感じないかのように自分を抱えている男を、美咲は見下ろした。
 暗闇の中なのに、男の姿は浮かび上がるようにくっきりと見えている。
 自分の身体もだ。
 それは、奇妙な光景だった。

「え、ええ。あの、あなたは?」

「俺は建速《たけはや》。あんたを護るために来た」

「護るって、さっきのあの影のようなものから?」

「ああ。あれは黄泉の古神《いにしえがみ》だ。黄泉神が産み出した九十九の神。様々な物質を媒介にして動くしかできない闇の影――最も、これはあんたの心が作り出した幻影だがな」

 建速と名乗った男は、暗闇の中、歩き出す。
 上半身が揺れ、慌てて美咲は片手を建速の肩へと回し、バランスをとった。

「私、どうしたの? なぜこんなところにいるの? 思い出せない――」

「少し、嫌なことがあったんだ。それで、悪しき言霊に縛られて、心が闇に捕らわれたんだ。ずっと、夢を見てる。このままだと、戻れなくなるから、迎えに来た」

 建速の足取りは、迷いがなかった。
 まるで、行き先をわかっているかのように。

「慎也が待っている。あんたをとても心配している」

 名前を聞いて、胸が痛む。
 美咲は自分を子どものように軽々と抱き上げている男を見下ろした。
 視線に気づいて、建速も美咲を見上げる。
 無造作に伸びた髪。
 きつめの眼差しは、今は優しげに美咲を見つめている。
 猛々しく、冷たそうにも見えるのに、なぜか、美咲はこの男の傍にいて、安堵していた。
 何からも護ってくれる――そんな安心感があった。




< 162 / 399 >

この作品をシェア

pagetop