高天原異聞 ~女神の言伝~

10 残酷な真実


 誰かを恋い焦がれる想いが、美咲を浸食していく。
 わかる。
 この気持ち。
 自分にも恋しい人がいるから。

 慎也くん。
 逢いたい。
 何処にいるの。

 美咲はただ、慎也を想った。

「美咲さん!?」

 名前を呼ばれて、美咲は目を開けた。
 暗闇の中、横たわっている自分に気づき、上半身を起こす。
 同時に肩を引かれ振り返ると、慎也がいる。

「し――」

「美咲さん!!」

 名を呼ぶ前に呼ばれて、強く抱きしめられた。
 そのまま顔を上げると慎也の唇が美咲のそれを塞いだ。
 この感触。
 確かに慎也だ。
 泣きながら、美咲も応えた。
 長い長いくちづけの後、ようやく慎也が唇を離した時には、涙も止まっていた。
 頬に伝う涙の跡を優しく拭われて、ようやく美咲は微笑うことができた。

「無事なの? 怪我してない?」

 頬に触れて確かめる。

「大丈夫。なんか、めちゃめちゃ怒ってる綺麗な女の人がいたけど、傷つけられたりはしてない。っていうか、できなかったみたいだ。傷つけようとしてもはじかれるとか騒いでたから」

 建速の守護だ。
 美咲はかいつまんで説明した。
 慎也は話を聞いてますます腑に落ちない様子を隠さなかった。

「日嗣の御子って瓊瓊杵命《ににぎのみこと》のことだろ? 俺のこと? だって、建速は俺を伊邪那岐だって言ったのに」

「私にもわからない。彼らは私のことも木之花咲耶比売だと思ってるみたい」

「くそっ、何がどうなってるんだか」

 乱暴に頭をかいてから、ふと、慎也は気づいたように美咲を見つめる。

「美咲さん、これって、夢だよね。夢なのに、美咲さんがリアル過ぎる」

「夢だけど、夢じゃない。迎えに来たのよ」

「迎えにって、ここに? 根の堅州国に?」

「そうよ。建速に連れてきてもらったの」

「危ないだろ!? 何でそんな――」

「離れたくなかったの。もう一日でも離れているのはいや。ずっと傍にいたい」

 縋るように身を寄せる美咲に、一瞬戸惑ったもののすぐに慎也は抱きしめ返す。

「美咲さん、それ、無事に帰ったら毎日言ってよ」

「言うから、ずっと一緒にいて……大好き」

「う、わ――すっごい嬉しい。ここが美咲さんのアパートなら、今すぐ押し倒したい」

 ぎゅっと強く抱きしめると、慎也は身体をほんの少し離して、美咲の顔を覗き込む。

「俺も大好きだ。美咲さんが俺を好きよりもずっとずっと、大好きだ」

 それ以上言葉を探せず、もう一度唇が重なる。
 互いの存在を確かめるように優しく、何度も何度もくちづける。
 幸福感に満たされた甘い触れ合いの中、不意に慎也が驚いたように美咲の肩を掴んだ。

「美咲さん、身体が、透けていく」

「え――?」

 驚いた美咲が自分の身体を見ると、確かに、身体に異変が起こっていた。
 末端から透けていっている。
 同時に、目に見えぬ強い力に引かれる。

「慎也くん、――」

 恋うる想いが自分を呼ぶ。

「美咲さん、美咲さん――!!」

 夢に引きずられる。

 慎也の存在が遠くなる。
 またしても美咲の意識はそこで途絶えた。






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