高天原異聞 ~女神の言伝~

 木の国で、己貴《なむち》は束の間の時を過ごした。
 太古の女神――伊邪那美《いざなみ》の末である大屋毘古《おおやびこ》の治める木の国は緑に溢れ、穏やかで美しい国だった。
 だが、己貴の心は木の国でも癒されることなく、生ける屍のように日々を重ねるだけ。

「己貴。八十神が来る――」

 苦々しげに、大屋毘古《おおやびこ》が告げる。
 八上比売からの文を受け取ったのであろう。

「そうですか――」

 己貴はどこかほっとしていた。
 兄達が来る。
 今度こそ、自分を殺してくれるだろうか。
 今度こそ、黄泉で離れ離れとなった兄の穴持に会えるかもしれない。

「ここを出ろ、己貴。根の堅州国へ往け」

「根の堅州国――?」

「このままそなたを死なせるわけにはいかぬ。現世と幽世の境、地の門を護る国、根の堅州国へ往け。三貴神の最後の貴神《うずみこ》、建速須佐之男命《たけはやすさのおのみこと》の許へ」

「――わかりました」

 自分を生かそうとしてくれる母や八上比売、そして大屋毘古《おおやびこ》の気遣いも、死せる神である自分にはどうでもよかった。
 それでも、己貴は従った。
 すでにこの身が何処に在ろうと同じことだったから。










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