高天原異聞 ~女神の言伝~

 美しい女神が泣いている。

 少し前に、独り黄泉路を降ってこられた比売神。
 聞けば、産褥で神去られたと言う。
 母神と同じだと、日狭女《ひさめ》も哀しくなる。
 比売神の衣の袖は、涙に濡れ、それでも、嘆く女神はどんなに宥めても泣きやまない。

――比売神様、黄泉国に来られてから、もう幾夜も泣き続けておられます。どうぞ、泣きやんでくださいませ。

――泣かせてください。愛しい背の君に証立てすることなく神去ったこの身が厭わしいのです。

――お辛いなら、黄泉返られてはいかがですか? 黄泉返れば、その証立てもできるのでは?

――いいえ!! あの方を忘れて黄泉返って何になりましょう。

――一度の黄泉返りでは、全ての記憶が失われるわけではございません。何度も繰り返すことによって、徐々に只人となるのです。

――あの方との想い出は、ほんの僅かしかないのです。それさえも無くしては、意味がありませぬ。何一つ失いたくない想い出なのです。忘れて生きていくのなら、このまま御霊ごと消し去ってくださいませ。

――比売神様……

 それほどに、背の君を恋うる想いとは、何なのだろうと日狭女は考える。
 裏切られてもなお、愛する心とは――
 まるで母上様のようだ。
 あれから、どれほどの時が過ぎ逝きても、父上様を忘れず、闇の主を受け入れない、母上様。
 いっそ忘れてしまえば、嘆くこともなかろうに。

 憐れな女神達。

 そして自分も、憐れだ。
 自分には、対の命はいない。
 誰かの対の命にもなれない。
 闇の主を愛しく思うが、それは母上様や比売神が背の君を想う心とは違う。
 身も世もなく焦がれる想いなど、持てない。

 ただ、闇の中で、愛しむ方々が嘆かぬよう見護るだけしか、できない――







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