高天原異聞 ~女神の言伝~

 濃い闇の気配が徐々に肌を刺す。
 ねっとりと絡みつくような闇の気配だ。

「闇の神気が濃くなってきたな」

 神田比古が呟く。

「黄泉国が近いのか?」

「ああ。暗闇の回廊を抜けたから、すぐだ。あそこに見える大門が、黄泉国へ通じる門だ」

 神田比古が指さす先に、確かに大門がある。
 ようやくやってきた。
 闇の神気が包み込む、死者の国――黄泉国だ。

「建速様」

 宇受売が振り返る。

「ここは、生神が入れぬ国。伊邪那岐の気配もこの門の向こうにはない」

 建速が静かに目を閉じる。

「神威を使えば闇の主に気づかれる恐れもある、どうしたものか――」

 その時、大門が音もなく開いた。

「何者だ、生者が黄泉国の扉をくぐる事は許されぬ。疾く去れ」

 開いた門前に立っているのは、闇を身に纏う女神だった。
 闇にも劣らぬ漆黒の髪。
 切れ長の目の、瞳さえ闇色に満ちていた。
 闇色の衣と裳が、女神の白く滑らかな肌と美貌を際だたせる。
 それが、黄泉国の女神の姿だった。
 建速の隣にいた女神が音もなく前に歩みでる。
 そうして、闇を纏う女神に一礼する。

「黄泉日狭女《よもつひさめ》殿、私を憶えておいでですか」

 名を呼ばれた女神は、訝しげに呼んだ女神を見やり、驚愕に一歩後ずさった。

「貴女様は――比売神様ではございませんか!? しかし、そのお身体は母上様のものではありませぬのか? 密やかな、母上様の気配が致します」

「はい、かの女神はここに。黄泉国に入りたくないと仰せですので、私が代わりにお連れ致しました」

「比売神――? では、そなたは」

 建速が続きを言う前に、一番最後にいた、闇山津見が走り出て、美咲の中の女神に跪く。

「ああ、やはり!! 貴女様ですね。姉比売様は見誤ってなどいなかった。お捜ししておりました、妹比売様。我ら国津神の幸わい、木之花咲耶比売《このはなさくやひめ》様――!!」





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