高天原異聞 ~女神の言伝~
闇をうち払った瓊瓊杵が、再び結界の内へと戻った。
――瓊瓊杵様!!
咲耶比売が瓊瓊杵に駆け寄り、しがみつく。
「瓊瓊杵、よくやった」
荒ぶる神の言祝ぎに、瓊瓊杵が咲う。
――祖神様の御業には比べようもございませぬ。私の神威では全ての闇をうち払うことは出来ませんでした。お許し下さい。
「それでもだ。後のことは、我ら国津神がする。そなたの働き、決して忘れん」
――有難き言霊。これで、私の悔いも最早ありませぬ。
咲耶比売を抱きしめたまま、瓊瓊杵は宇受売を振り返った。
――宇受売、天照様にお伝えしてくれ。神代でも、今生でも御期待に添えぬこと、瓊瓊杵が詫びていたと。だが、私にこの役目を与えてくださったことを心から感謝していると。
「御子様――」
差し伸べられた瓊瓊杵の手に、宇受売は跪いて触れた。
――私は、豊葦原で幸せであったと。日嗣ではなく、人として、短くとも幸せであったと伝えよ。だから、この地で消える。私達が、豊葦原となるのだ。消えては顕れ、再生を繰り返す名もなき青人草となる。
宇受売の顔色が変わる。
「そのようなこと、御子様……」
瓊瓊杵もまた、嫡妻のように咲った。
どちらも、穏やかで美しい微笑みだった。
――泣くな、宇受売。悔いなどない。もう二度と、愛しい者を失わない。だから、往くのだ。私達は再び出逢うだろう。何度でも。
咲耶比売の神威によって咲いた美しい桜の木が、二柱の神を送るように散って、地に落ちた花びらが静かに消える。
国津神の幸わい。
美しい比売神が、今また、消え逝く。
天孫の日嗣と共に。
「御子様――御子様!!」
宇受売の言霊に咲って応えると、瓊瓊杵の神霊は咲耶比売の神霊とともに、静かに消えていった。