高天原異聞 ~女神の言伝~

 闇をうち払った瓊瓊杵が、再び結界の内へと戻った。

――瓊瓊杵様!!

 咲耶比売が瓊瓊杵に駆け寄り、しがみつく。

「瓊瓊杵、よくやった」

 荒ぶる神の言祝ぎに、瓊瓊杵が咲う。

――祖神様の御業には比べようもございませぬ。私の神威では全ての闇をうち払うことは出来ませんでした。お許し下さい。

「それでもだ。後のことは、我ら国津神がする。そなたの働き、決して忘れん」

――有難き言霊。これで、私の悔いも最早ありませぬ。

 咲耶比売を抱きしめたまま、瓊瓊杵は宇受売を振り返った。

――宇受売、天照様にお伝えしてくれ。神代でも、今生でも御期待に添えぬこと、瓊瓊杵が詫びていたと。だが、私にこの役目を与えてくださったことを心から感謝していると。

「御子様――」

 差し伸べられた瓊瓊杵の手に、宇受売は跪いて触れた。

――私は、豊葦原で幸せであったと。日嗣ではなく、人として、短くとも幸せであったと伝えよ。だから、この地で消える。私達が、豊葦原となるのだ。消えては顕れ、再生を繰り返す名もなき青人草となる。

 宇受売の顔色が変わる。

「そのようなこと、御子様……」

 瓊瓊杵もまた、嫡妻のように咲った。
 どちらも、穏やかで美しい微笑みだった。

――泣くな、宇受売。悔いなどない。もう二度と、愛しい者を失わない。だから、往くのだ。私達は再び出逢うだろう。何度でも。

 咲耶比売の神威によって咲いた美しい桜の木が、二柱の神を送るように散って、地に落ちた花びらが静かに消える。

 国津神の幸わい。
 美しい比売神が、今また、消え逝く。
 天孫の日嗣と共に。

「御子様――御子様!!」

 宇受売の言霊に咲って応えると、瓊瓊杵の神霊は咲耶比売の神霊とともに、静かに消えていった。





< 347 / 399 >

この作品をシェア

pagetop