高天原異聞 ~女神の言伝~

 風に乗って、美咲は暗闇を翔けていた。
 先程まで図書館にいたはずなのに、今は魂だけが肉体から抜け出たように闇に在る。
 星の瞬きは見えるが、月はない。
 眼下を見やれば荒涼とした礫砂がどこまでも広がっている。
 その真ん中にぽつんと佇む館が一つ。
 それは、根の堅州国の須勢理比売の館と似ていた。
 見る見るうちに館が近づき、美しい月神が、寂しげに空を見上げているのが見えた。
 では、ここは夜の食国か。
 月神が神逐かむやらいされた国。
 ふわりと、身体が月神の頭上で止まった。
 空を視据えていた月神が、美咲に気づいた。

「母上様……」

 髪を下ろし、夜着だけを身に纏ったその姿は、艶めかしい女神のようにも見えた。
 容は似通っているのに太陽の女神とは違う美しさに、美咲は目を離せない。

「ああ――これは、夢なのですね。だから、母上様が私のもとへいらして下さったのだ」

 美咲を視る月神の眼差しは、どこか虚ろだった。
 月神は、咲って美咲に手を差し伸べる。

「母上様、私を、抱きしめて下さいますか」

 美咲は、実体のない姿だったが、月読に近づき、おずおずと抱きしめた。
 温もりを感じることは出来ないが、何故か月神の心が、感じられた。
 孤独にうち震える、幼子のような心が。

 月神の記憶が、流れ込んでくる――





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