密会は婚約指輪を外したあとで
ビールを飲み干した拓馬は、ふと壁時計を見上げた。


「そろそろ帰らないとな。明日も仕事だし、終電なくなるから」

「え……」


時計の針はいつの間にか23時を越えていた。

好きな人と一緒に過ごしていると時間が経つのが早すぎる。

本音を言えば、終電まではもう少し時間があるはずだし、あと30分でもいいから一緒にいて欲しい。

『帰らないで』と懇願する勇気は、当然私にはなく。ただうつむいてスカートの裾を直した。

玄関へ向かおうとする拓馬を見送るために、のろのろとソファから立ち上がる。


「……気をつけてね」


見送りの言葉に彼が振り返った。


「ほんと、奈雪って顔に出やすいよな」


私の頬に触れ、鋭い目元を緩ませる。

何となく、“あんた”より“奈雪”と呼んでくれる率が高くなった気がする。
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