密会は婚約指輪を外したあとで
「何? 何か言いたいことがあるなら、言ってみれば?」

「な……何も……ないよ」


心を見透かすように、真っ直ぐに拓馬に見つめられ、視線を泳がせる。

そもそも、私ごときが彼の貴重な時間を束縛して良いはずがないのだし。

彼自身が帰りたいと言っているなら、そっと見送るまでだ。

心の中でぼそぼそと言い訳をしていると、彼は私の頬に触れたまま、顔を近づけてきた。


「本当に?」


そう尋ねる彼の瞳は、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせている。

そのせいか、私の口から素直な本音が流れ出てきた。


「まだ、帰らないで……。もう少しだけ、一緒にいて」


言い終えた瞬間、私は拓馬に力強く抱き寄せられていた。

そして、今までになく、激しく口づけられる。

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