密会は婚約指輪を外したあとで
半開きのくちびるから熱い舌が入り込み、絡み合う。

背中を壁に押しつけられ、何度も繰り返される、深く長いキスに呼吸が乱れる。

体の奥がとろけていく感覚に目を閉じる。


初めての経験ではなかったけれど、過去の人とのそれは、今思えば不快なだけだった。

相手のことをそれほど好きではなかったのだと今更気づく。


思わず力が入り彼のシャツを握り締める。

それと同時に彼はくちびるを一度離し、吐息のかかる距離で私を見つめた。

艶のある黒い瞳の奥に、熱っぽい感情が揺らいで見える。

視線が外れ、首筋にくちびるが柔らかく押し当てられたあと。

鎖骨の辺りにチクリとした僅かな痛みが生まれた。


拓馬の広い背中に腕を回し、胸元へもたれかかったとき、シャツに染み込んだ落ち着く匂いがした。

自分と同じく、速く刻まれる鼓動さえも愛おしく感じる。


“好き”という言葉が言えなかった代わりに。

隠し続けていたこの想いは、少しでも伝わっただろうか。



明日、たとえ私のことを忘れても。

今この瞬間だけは、私だけを見ていて欲しい──。


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