密会は婚約指輪を外したあとで
胸元が開かない服を着て、とにかく隠さなくては。

初夏だけど首に何かを巻いてしまおうか。

UVカットの涼感ストールで誤魔化せば、誰もキスマークを隠しているとまでは思わないだろう。

鏡の前であれこれ考えていると、拓馬が笑いをこらえるような顔をして私を見ていた。


「そろそろ、仕事行っていいですか」

「ど、どうぞ」


大きく伸びをしてベッドから起き上がった彼は、白いシャツを羽織り身支度を始めた。

朝食ぐらい、さらっと作れたら良かったのに。冷蔵庫にはこれといって食材が入っていなかった。

朝食は一回家に帰って食べるから大丈夫、と言われる始末。


「じゃあ、行ってくる」


私の頭に片手を置いた拓馬は、新婚の真似事のように軽くキスをしてきた。

ほんの僅かな微笑みだけを残し、玄関へと向かう。


次の約束は当然のようにない。

きっと渚さんと二人で居るときは、私のことなど微塵も思い出さないのだろう。

遠ざかる彼の後ろ姿を切なく見送った。

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