密会は婚約指輪を外したあとで

「……奈雪。お前、怖いの駄目なの?」


そっと頭を上げると、拓馬の整った顔があって、思わずドキッとする。

私が顔を押しつけていたのは、彼のシャツ──固い胸元辺りだった。

まるで、自分から積極的に抱きついたみたい……。

あとから激しい羞恥心がおそってくる。


「ご……ごめんな、さい」


なるべく画面を見ないようにして、彼から離れる。

どうしよう。今度こそ嫌われたかな。

恐怖と、そして後悔からくる涙で、目が潤んでくる。


「怖いの嫌いなら、見たくないって言えば良かったのに」


静かに呟いた拓馬は、テレビのスイッチをオフにし、私の体を抱きしめた。

幼い子どもをあやすように、背中を優しくさすってくれる。

そのおかげで、恐怖はゆっくりと退いていった。


「拓馬が、ホラーを見たいって言ったから。つい、ほんとのこと言いづらくなって。……今度は、ちゃんと言うね」

「俺も、悪かった」


拓馬が珍しく謝ってくる。


「他にもホラー映画じゃないやつ、持ってきてたのに。奈雪に選ばせれば良かったな」

「え……他にも選択肢があったの?」


できれば、最初に言ってほしかった……。


「まさか、ここまで嫌いだとは思わなかったから」


ごめん、と低く言った拓馬は、私の機嫌をとるように、こめかみへキスをした。

柔らかな感触がして、くすぐったい。


そのうち、くちびるが下へと降りてきて、私は身を捩った。

それを許さないというように、ソファの背もたれへ私の肩を固定する。

私の髪をかき上げた彼は、耳元や頬へ丁寧にくちづけ始める。


「さっきの映像、忘れていいよ」


その優しいキスはまるで、恐怖心を取り除いてくれようとしているみたいに思えた。

大事に扱ってもらっている気分……。


「もし、さっきのが夢に出てきたら、どうしよう」

「そしたら、いつでも呼んで。怖がらせた責任とって、駆けつけるから」

「……うん。ありがとう」


心の底から安堵したのか、私は自分から彼の背中に腕を回していた。

シャツ越しに温かなぬくもりを感じる。

ずっとこうしていたいくらい、今までになく幸せだった。


繰り返されていたキスが、いつの間にかやむ。


「でも……、今もそうだけど。奈雪が自分から抱きついてくるなんて。俺を頼ってくれたみたいで、ちょっと嬉しかった」

「え……?」


意外な感想を聞いた……と、目を瞬かせた私は、不思議そうに彼を見上げる。


「拓馬……、嫌いなんでしょ、こういうの」

「それは、下心アリの、あざといやつな。奈雪はさっき、本当に震えてたから可愛くて」


可愛い……?

さりげない台詞に、ボッと顔中に火がついたようになる。

普段、意地悪な彼も、可愛いとか思うんだ。

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