愁歌
ことを話したが、彼女は会話が続かない苦しさを感じていた。
 暫くして乾がようやく本心をぶつけてきた。
 「平沼さん、マイクと結婚するのですか」
 裕子にはマネージャーとしての気持ちも頭を擡げていた。
 「いえ。そんなこと-----」
 「それでは答えになっていません。僕に対して平沼さんは、まだ返事をしていない」
 逼迫している乾を受け止めるすべが裕子には見つからなかった。
 「母のことも考えてくれる乾さんの気持ちは、とても嬉しかった。でも私は六歳も年上だから」
 「そんなことじゃない。僕は平沼さんと話すといつも救われていました。前にも話したけど、薬を使ってもらうために、自分自身を見失うほど卑屈にならなければいけない時もある。平沼さんの言葉はそんな僕をいつも包んでくれる」
 裕子は間を置いてから静かな口調で答えを伝えた。
 「乾さん、あなたが見ているのは仕事をしている私の姿。私も泣いたり、叫んだり、愚痴を言ったりするのよ。そして乾さんのように誰かに受け止めていて欲しい時もあるわ」
 「それをしてくれるのは僕じゃなく、マイクだと言うのですね」
 「いいえ違うわ。ただマイクは私が仕事で苦しんでいる姿を知っているだけです」
 沈黙が流れ、受話器から乾の息遣いがかすかに聞こえた。
 「平沼さんはマイクと僕を二股かけていたんだ。あなたは卑怯です」
 乾が搾り出すように言葉を続けた。
 裕子は誠実な青年を傷つけたことの重さに自分自身が押しつぶされそうだった。
 「乾さん、弁解はしません。ただ私は病床の父のために和歌山に戻りました。父亡き後、母を支えるのは私しかいないのです。乾さんのご両親は、あなたの考えを納得してくれているのですか」
 裕子は乾の傷を浅くするために、敢えて、彼の結婚に期待を寄せているだろう両親のことに触れた。
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